「信用創造」についての典型的な説明は、以下のようなものだ。
預金準備率(RR)というものがあって、これは、商業銀行が少なくとも預金総額 * RRの通貨(紙幣またはコイン)を準備金として持っておかなければならないことを意味する。これは、預金者が預金の一部を通貨として引き出すときのためのものだ。例えば、RR = 0.1とする。
ある人PAが、ある商業銀行BAに、10,000円を通貨で預金する。
BAが、ある人PBに、10,000 - 10,000 * 0.1 = 9,000円を通貨で貸す。
PBが、ある商業銀行BBに、9,000円を通貨で預金する。
BBが、ある人PCに、9,000 - 9,000 * 0.1 = 8,100円を通貨で貸す。
PCが、ある商業銀行BCに、8,100円を通貨で預金する。
BCが、ある人PDに、8,100 - 8,100 * 0.1 = 7,290円を通貨で貸す。
以下、続く。
預金の総額は、10,000 + 10,000 * (1 - 0.1) + 10,000 * (1 - 0.1) * (1 - 0.1) + 10,000 * (1 - 0.1) * (1 - 0.1) * (1 - 0.1) + . . .となる。
これは、無限級数であり、10,000 / 0.1 = 100,000になる。
ははあ . . .。それが間違っているとは言わないが、何故そんな非現実的で不必要に複雑な説明をしなければならないのだろうか。非現実的だというのは、貸出は、借り手に通貨を渡すことで行なう必要がないし、事実、普通そのようなことは行なわれないからだ。借り手はお金を預金として受け取る。
すると、我々の説明はこのようになる。
ある人PAが、ある銀行BAに、10,000円を通貨で預金する。
BAが、PAに、10,000 / 0.1 - 10,000 = 90,000円を預金で貸す。
終了!
90,000になるのは、BAは10,000円を通貨で持っており、許される最大預金額が10,000 / 0.1 = 100,000円であり、BAには既に10,000円の預金があるから、結局、100,000 - 10,000円が、BAが追加で作れる最大預金額だからだ。無限の数の預金者も、無限の数の商業銀行も、無限の回数の貸出も、無限級数も必要ない。
最大預金額は、無限級数が故に決定されるのではなく、預金準備要件が直接、最大預金額を指定しているのだ。0.1 = 10,000 / 100,000は預金準備率の定義そのものであり、10,000 / 0.1 = 100,000は、ただこの定義を変形したものにすぎない。最大預金額を得るのに、無限級数を計算する必要などない。
なんで、そんな不必要に複雑な説明をするののだろうか?
うーん、想像するに、預金は預金者が通貨を預金することで作られなければならないという前提に立っているのではないだろうか。しかし、この前提は、預金の本質に全く反している。私の考えでは、必要とされる説明は、預金の本質を明らかにするものであって、預金の本質に反する前提に基づいたものではない。
とすると、一体、預金とは何なのか?
預金とは、預金者の銀行に対する債権のことだ。銀行から見ると、預金者への債務ということになる。
すると、預金の発生と消滅において、通貨が移動する必要はないということか。
そのとおり。預金は、典型的には、銀行が借り手にお金を貸すときに発生する。
例えば、銀行が借り手に10,000円を貸すと仮定しよう。銀行は、借り手に対して、貸出として、10,000円の債権を得る。他方、借り手は、銀行に対して、預金として、10,000円の債権を得る。そうした場合、どちらからも、通貨は他方に渡されないことに注意しよう。
銀行は、通貨を全然持っていないくても、一度にどんな額のお金も貸せることになる。規制がなければの話だが。
そう、そうできる。
よく分からないのは、お金が無から現れてくるように見えることだ。前の例だと、なんで、10,000円が110,000円に増殖するのか?100,000円は一体どこからやってきたのか?ただの詐欺ではないのか?
まず、「お金」という用語を明確にしておこう。お金という概念には、通貨と預金が含まれる。だから、「お金」という用語の君の使用法は正しい。預金はお金であり、お金は、10,000(通貨)円から、10,000(通貨) + 100,000(預金) = 110,000円に増殖した。
君の質問について言えば、お金というのは、本質的に無から現れるものだ。だから、何も規制がないと仮定すれば、取引の当事者が合意すれば、いかなる額のお金も無から作り出せる。
はあ?数学的にそんなことは不可能ではないのか?なんで、10,000が110,000になるのか?
通貨の10,000円は、増加しないので考えないことにしよう。問題は、0円の預金が100,000円の預金になったことだ。
いいよ。
この100,000円の預金は、以下の数式から現れた。
0 = +100,000 - 100,000
はあ?
プラスの額は、預金者が銀行に対して持つ債権で、マイナスの額は、銀行が預金者に対して持つ債務だ。全体としての総額は常に0になる。
ふーむ。. . . じゃあ、0を+100,000と-100,000に分けて、プラスの額だけをカウントしていたわけだ。それであれば、ゼロからどんな額のお金も作り出せる。考えて見れば、預金は債権だから、反対側には常に同額の債務があることになる。
お金は、全体としての総額0を意味するから、ゼロから作り出せる。
通貨もやはり債権なのか?
そう、その所有者が中央銀行に対して持つ債権だ。だから、その本質は預金の場合と同じだ。
典型的な説明には、また別の非現実的な部分がある。典型的な説明は、通貨量が預金額を制限するかのように言うが、それは現実には即していないらしい。
ほほう?
通貨は、実際には、ほとんど紙幣やコインとして保持されているのではなく、商業銀行の中央銀行への預金として保持されており、これは、商業銀行が資産を中央銀行に売り買いすることでオンデマンドに増減させることができる。
商業銀行は、いつでも中央銀行への預金を通貨に交換できるので、準備金を通貨として保持する必要はないわけだ。
そう。そして、商業銀行は、準備率要件を満たすように中央銀行への預金額を調整する。
なるほど。
預金額は、市場の動向によって決定される。例えば、借り手が多額のお金を借りたがらなければ、預金額は大きくは増やせない。
すると、預金準備額が預金額を決めるのではなく、預金額が預金準備額を決めるわけだ。
そのようだ。
以上の知識を先ほどの例に当てはめてみよう。
第1に、ある人PAが、ある商業銀行BAに、10,000円を通貨で預金する。
PAは、,通貨としての中央銀行への債権を失い(-10,000)、預金としてのBAへの債権を得た(+10,000)。つまり、-10,000 +10,000 = 0。
BAは、通貨としての中央銀行への債権を得て(+10,000)、預金としてのPAへの債務を得た(-10,000)。つまり、+10,000 -10,000 = 0。
第2に、BAが、PAに、90,000円を預金で貸す。
PAは、貸出としてのBAへの債務を得て(-90,000)、預金としてのBAへの債権を得た(+90,000)。つまり、-90,000 +90,000 = 0。
BAは、,貸出としてのPAへの債権を得て(+90,000)、預金としてのBAへの債務を得た(-90,000)。つまり、+90,000 -90,000 = 0。
結局、総額は、全体としても、どの当事者にとっても、増減しない。
当然だ。だれも生産行為をしていないので、総額が増えるはずがない。それに、人は普通、ただ自分に損失になることなどしない。
それでは、どうやって商業銀行は利益を得るのか?
貸出の利率と預金の利率の差異によって利益を得る。
ははあ。 . . . 利子もゼロから現れるわけだな?
そう、利子は、貸し手が借り手に対して持つ債権であり、借り手が貸し手に対して持つ債務だ。全体としてゼロだから、無から現れることができる。
- Michael McLeay, Amar Radia, and Ryland Thomas. (2014 Q1). Money creation in the modern economy. Retrieved from http://www.bankofengland.co.uk/publications/Documents/quarterlybulletin/2014/qb14q1prereleasemoneycreation.pdf