2024年7月21日日曜日

683: コミュータティブ(可換)リング(環)上方のポリノミアル(多項式)たちリング(環)

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コミュータティブ(可換)リング(環)上方のポリノミアル(多項式)たちリング(環)の定義

話題


About: リング(環)

この記事の目次


開始コンテキスト



ターゲットコンテキスト



  • 読者は、コミュータティブ(可換)リング(環)上方のポリノミアル(多項式)たちリング(環)の定義を得る。

オリエンテーション


本サイトにてこれまで議論された定義たちの一覧があります。

本サイトにてこれまで議論された命題たちの一覧があります。


本体


1: 構造化された記述


ここに'構造化された記述'のルールたちがある

エンティティ(実体)たち:
R: { 全てのコミュータティブ(可換)リング(環)たち }
R[x]: ={jNpjxj|pjR で、以下を満たすもの、つまり、 pj たちの内のファイナイト(有限)数のものたちだけがゼロでない }、アディション(加法)およびマルチプリケーション(乗法)は下に指定されたものたちで、{ 全てのコミュータティブ(可換)リング(環)たち }
//

コンディションたち:
jNpjxj,jNpjxjR[x](jNpjxj+jNpjxj=jN(pj+pj)xj)

jNpjxj,jNpjxjR[x](jNpjxjjNpjxj=jNl{0,...,j}plpjlxj)
//

当該構成の論理的構造を理解しよう: 第1に、R[x]の定義内のjNpjxjp(x)=pnxn+...+p0とも記される、は、単一の要素である、複数の要素たちの合計ではなく: または+は、単一要素の表現内部で使用されている単なるシンボルにすぎず、'アディション(加法)'を意味しない(実際、それは'アディション(加法)'として理解することはできない、なぜなら、'アディション(加法)'はまだ定義されていない); 第2に、R[x]の要素たちのアディション(加法)+が定義される; しかし、結局のところ、当該単一要素は合計に一致する、なぜなら、アディション(加法)は、そうなるように定義されているから。

したがって、p(x)=pnxn+...+p0内の+p(x)+p(x)内の+は、本当は別のものである。

同じシンボルをそれら2つの意味に使うのは、混乱の元のように思えるかもしれない(それは実際、混乱の元である)が、勿論、同じシンボルが、混乱を意図的に許すように使われているのである: 2つの意味を混同するのは、無害であり、実のところ、便利である: もしも、第1の意味がp(x)=pnxn@...@p0のように記されていたら、私たちは、pnxn@...@p0=pnxn+...+p0のようなコンバージョンたちを書かなければならなくなる、しかし、私たちは、単にpnxn+...+p0と書き、それを便利に解釈する、なぜなら、両方の解釈が妥当だから。

jNpjxjkNpkxk=jNkNpjpkxj+kは、明らかに真である、ここで、右辺は要素たちの合計である。

明らかに、当該アディション(加法)やマルチプリケーション(乗法)内のファイナイト(有限)数のコエフィシェント(係数)たちのみが非ゼロである、したがって、当該当該アディション(加法)および当該マルチプリケーション(乗法)は閉じている。


2: 自然言語記述


任意のコミュータティブ(可換)リング(環)Rに対して、R[x]:={jNpjxj|pjR で、以下を満たすもの、つまり、 pj たちの内のファイナイト(有限)数のものたちだけがゼロでない }アディション(加法)およびマルチプリケーション(乗法)は下に指定されたものたちで、つまり、jNpjxj,jNpjxjR[x](jNpjxj+jNpjxj=jN(pj+pj)xj)およびjNpjxj,jNpjxjR[x](jNpjxjjNpjxj=jNl{0,...,j}plpjlxj).


3: 注


R[x]は本当にリング(環)であることを見よう。

1) それは、アディション(加法)の下でアーベリアングループ(群)である: 当該アディション(加法)はアソシアティブ(結合的)である、なぜなら、それは、Rのアソシアティビティ(結合性)に帰着する、0はアディティブ(加法)アイデンティティ(単位要素)である、各p(x)=pnxn+...+p0はアディティブ(加法)インバース(逆)(pn)xn+...+(p0)を持つ、当該アディション(加法)はコミュータティブ(可換)である、なぜなら、それは、Rのコミュータティビティ(可換性)に帰着する; 2) それは、マルチプリケーション(乗法)の下でモノイドである: 当該マルチプリケーション(乗法)はアソシアティブ(結合的)である、なぜなら、任意の3要素たちのマルチプリケーション(積)に対して、xjのコエフィシェント(係数)は当該3要素たちの適切なコエフィシェント(係数)たちのマルチプリケーション(積)たちの合計であるが、そうしたトリオたちの選択たちは、アソシエーション(結合)たちに関わらず同一であり、問題は、各項のアソシアティビティ(結合性)に帰着するが、それは、Rのアソシアティビティ(結合性によって保証されている、1はマルチプリカティブ(乗法)アイデンティティ(単位要素)である; 3) マルチプリケーション(乗法)はアディション(加法)に関してディストリビュータティブ(分配的)である: jpjxj(kpkxk+kpkxk)=jpjxj(k(pk+pk)xk)=jkpj(pk+pk)xj+k=jk(pjpk+pjpk)xj+k=jkpjpkxj+k+jkpjpkxj+k=jpjxjkpkxk+jpjxjkpkxk(kpkxk+kpkxk)jpjxj=kpkxkjpjxj+kpkxkpjxjの同様である。

R[x]は本当にコミュータティブ(可換)リング(環)である。

jpjxjkpkxk=jkpjpkxj+k=kjpkpjxj+k=kpkxkjpjxj

なぜ、Rはコミュータティブ(可換)であるよう要求されているのか?その疑問が浮かぶのは、R[x]がリング(環)であることを確認する上記議論は、Rのコミュッタティビティ(可換性)を使用しないから。実のところ、非コミュータティブ(可換)RR[x]を定義することは可能なはずである。Rが大抵コミュータティブ(可換)であるように求められている理由は、多分、各エバリュエーション(評価)リング(環)ホモモーフィズム(準同形写像)をリング(環)ホモモーフィズム(準同形写像)にするためである。エバリュエーション(評価)リング(環)ホモモーフィズム(準同形写像)は、各pRに対して、fp:R[x]R,p(x)p(p)である。Rがコミュータティブ(可換)でない時は、fp((p1x)(p1x))=fp(p1p1x2)=p1p1p2p1pp1p=fp(p1x)fp(p1x)、したがって、リング(環)ホモモーフィズム(準同形写像ではない。なぜ、それは、リング(環)ホモモーフィズム(準同形写像)でなければならないのか?えーと、そうでなければならないことはないが、大抵はそうであるように望まれる。その理由は、エバリュエーション(評価)は、R[x]に対してほとんど予期される付属物であること。


参考資料


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